おニャン子クラブ 
(1985年~1987年)

懐メロ『おニャン子クラブ関連』へ

シングル
1985年7月5日「セーラー服を脱がさないで」
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1985年10月21日「およしになってねTEACHER」
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1986年2月21日「じゃあね」
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1986年4月21日「おっとCHIKAN!」
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1986年7月21日「お先に失礼」
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1986年11月1日「恋はくえすちょん」
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1987年1月21日「NO MORE 恋愛ごっこ」
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1987年5月21日「かたつむりサンバ」
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1987年8月21日「ウェディングドレス 」
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ソロデビュー
1985年9月1日「涙の茉莉花LOVE」でデビュー 
会員番号12番:河合その子
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1985年11月1日「なぜ?の嵐」でデビュー 
会員番号25番:吉沢秋絵
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1986年1月1日「冬のオペラグラス」でデビュー 
会員番号4番:新田恵利
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1986年2月1日「バレンタイン・キッス」でデビュー 
会員番号8番:国生さゆり
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1986年5月21日「風のInvitation」でデビュー 
会員番号11番:福永恵規
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1986年6月11日「あじさい橋」でデビュー 
会員番号17番:城之内早苗
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1986年6月25日「シンデレラたちへの伝言」でデビュー 
会員番号16番:高井麻巳子
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1986年7月16日「瞳に約束」でデビュー 
会員番号29番:渡辺美奈代
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1986年10月8日「深呼吸して」でデビュー 
会員番号36番:渡辺満里奈
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1986年11月7日「蒼いメモリーズ」でデビュー 
会員番号13番:内海和子

1987年3月18日「そんなつもりじゃなかったのに」でデビュー 
会員番号15番:立見里歌

1987年3月25日「天使のボディガード」でデビュー 
会員番号19番:岩井由紀子(ゆうゆ)
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1987年8月31日「禁断のテレパシー」でデビュー 
会員番号39番:工藤静香
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1987年11月21日「プライベートはデンジャラス」でデビュー 
会員番号48番:我妻佳代

1988年5月21日「麦わらでダンス」でデビュー 
会員番号40番:生稲晃子

1988年7月21日「やりたい放題 」でデビュー 
会員番号42番:斉藤満喜子

派生ユニット
1985年10月5日「うしろゆびさされ組」でデビュー 
うしろゆびさされ組 ( 高井麻巳子、岩井由紀子 )
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1986年4月1日「私は里歌ちゃん」でデビュー 
ニャンギラス ( 立見里歌、樹原亜紀、名越美香、白石麻子 )
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1987年5月7日「時の河を越えて」でデビュー 
うしろ髪ひかれ隊 ( 工藤静香、生稲晃子、斉藤満喜子 )
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おニャン子クラブの伝説
・1986年のシングル1位獲得46曲中、おニャン子クラブ関係が30曲。52週中の36週。
・夕やけニャンニャンの視聴率は平日夕方5時台の視聴率としては異例とも言える13%前後で推移していた。
・アイドルが手の届かない存在から、どこにでもいる身近な女の子というアイドルへのイメージを大きく変えた。
・夕やけニャンニャンが学生にとって放課後の時間帯の放送だったため、全国の男子高校生を中心に部活の退部が続出したという説もある。
・夕やけニャンニャンが生放送だったため、放送後に出待ちをするファンが当時フジテレビがあった新宿区河田町界隈に殺到するという現象が起きた。
・おニャン子クラブは学業と芸能の両立という方針で、メンバーは普段は普通の女子高生だったため在籍する学校では、熱狂的なアイドルマニアが不法侵入し、登下校中の姿や体育科の授業時の盗撮行為が行われるなどといった騒動が発生した。
・解散コンサートでは国立代々木競技場第一体育館に全国から集まった約3万人の他、チケットを手に入れられなかった数百人のファンが原宿駅に渡る歩道橋まで埋め尽くす程、押し寄せた。
・また、その会場に入りきれなかったファンがアンコールに差し掛かった時に「突っ込めー!!」の合図と共に親衛隊を中心とした数十人のファンが入り口のガラスを折りたたみ椅子で割るなどして乱入、これにつられて他のファン数百人も「俺達だって中に入る権利があるんだ!」と叫びながら警備員の制止を振り切って一気になだれ込み、翌日のニュースやスポーツ新聞で大きくとり上げられる事態となった。

おニャン子クラブの黒歴史
80年代後半を代表するアイドルで社会現象となり、キラ星のごとく輝いたメンバーの中にあって、未成年の喫煙、学校を退学したため番組規定(学校からの許可と学校との両立が活動の絶対条件)に反したため脱退させられた、学校の許可なしでオーディションに合格したために脱退させられ学校からも退学処分された者もいた。

・週刊文春喫煙事件
未成年メンバーの喫煙行為にまつわるスキャンダル。
会員番号1番奥田美香 2番榎田道子 3番吉野佳代子 6番樹原亜紀 7番友田麻美子 10番佐藤真由美の計6名がおニャン子クラブを解雇された。

・会員番号20番 寺本容子
当時学生だった寺本容子は自身の人気が高まる中、おニャン子クラブの活動を優先しようと学校を自主退学、しかし、おニャン子クラブでは学校とおニャン子としての活動を両立することが規定されており、それに違反した結果となったことで、同年9月におニャン子クラブより脱退させられた。

・会員番号26番 赤坂芳恵
・会員番号27番 松本亜紀
夕やけニャンニャンのオーディションに合格し、おニャン子クラブに加入するも、学校側に無断で出演していたのが発覚しておニャン子クラブを脱退した、もしくは強制脱退させられた。学校からも退学処分を受けていた。

・会員番号37番 大貫かおり
周囲からの反対や、過激なファンの殺到など、急激な環境の変化で体調を崩し86年9月におニャン子クラブを自ら脱退。その後SMの女王様となる。

・会員番号32番 山本スーザン久美子
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夕やけニャンニャンの「ザ・スカウトアイドルを探せ」のコーナーに出演しインパクトのある名前からとんねるずにいじられ、その悪乗りから会場の人気を集め、見事合格。おニャン子クラブに加入。とんねるずは後に、プロデューサーから「変な奴を入れるな!」と怒られ、この一件以来、会場投票はなくなっている。当時のファンがおニャン子を語る上で必ず名前が出るほどインパクトは随一。おニャン子クラブ内でも人気者で、敵対している(とされる)派閥のそれぞれのメンバーとも仲が良いというほどだった。当時は絶大な人気は得られなかったが、本人の明るく皆に好かれるキャラが、現在では伝説のアイドルグループの一翼をになっている。

・おニャン子クラブB組
会員番号49番(B組1番)吉見美津子
会員番号50番(B組2番)杉浦美雪
会員番号51番(B組3番)宮野久美子
B組4番 冨永浩子
B組5番 山崎真由美
当初5人でのデビューが告知されていたが、冨永と山崎が卒業。その後吉見、杉浦、宮野の3人によるデビューが再計画され、レコード店頭告知として「いつだってイレギュラー」(1987年6月15日発売予定)というタイトルも公表されていたが、おニャン子の解散により中止になった。


その後のおニャン子

・会員番号1番 奥田美香 
『PLAYBOY 』(1988年10月号)で、おニャン子初となるヌードを披露。以降、モデルなどを経て、プロダクション社長となった。

・会員番号2番 榎田道子 
1997年に『ASAYAN』のリハウスレディのオーディションに登場。2006年現在、栃木県宇都宮市に本社を置く株式会社ペイルトーンの部長として、補整用下着や化粧品などの販売を陣頭指揮しているという。

・会員番号3番 吉野佳代子 
2011年4月現在、埼玉県朝霞市で主婦業に専念している模様。

・会員番号4番 新田恵利 
1990年3月に「作詞家になりたい」と芸能界を引退。1996年『復活夕やけニャンニャン』として番組が復活し、そのイベント担当だったフジテレビ社員と後に結婚。
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・会員番号5番 中島美春 
1997年にとんねるずのマネージャーであるボブ市川と結婚。

・会員番号8番 国生さゆり
おニャン子卒業後は女優へ転身。エランドール賞新人賞を受賞するなど評価は高かったが、いわゆる天狗となり20代の後半に一気に仕事が減った。その後ロンドンハ-ツなどのバラエティー番組で復活。2010年頃から犬猿の仲と言われた新田恵利と番組共演などが増える。
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・会員番号11番 福永恵規 
1988年引退。1994年に結婚。2児の母。

・会員番号12番 河合その子 
1994年に作曲家の後藤次利と結婚、引退。2010年資生堂の「IN&ON」のCMに出演。

・会員番号13番 内海和子 
解散後、ヌード写真集を発表。1993年に結婚し、芸能界を引退。

・会員番号16番 高井麻巳子 
1988年に作詞家の秋元康と結婚し芸能界を電撃引退。1児の母。

・会員番号17番 城之内早苗 
演歌歌手として活動中。2004年にフジテレビ社員と結婚。

・会員番号18番 永田ルリ子 
おニャン子解散の翌年の1988年にテレビ製作会社のディレクターと結婚。

・会員番号19番 岩井由紀子 
解散後90年代前半までゆうゆ名義でバラドルとしてめざましい活躍をし、1994年、写真週刊誌に2ショット写真が掲載されたのを機に、おニャン子クラブ在籍時より中山秀征と交際をしていたことを認め、同時期に「大人のタレントとして活動するため」と芸名を本名の岩井由紀子に戻す。しかし、間もなく双方共に多忙だったことなどから擦れ違いが生じ、破局に至った。1997年、青年実業家と結婚。

・会員番号25番 吉沢秋絵 
1991年に芸能界を引退し、1996年に結婚。

・会員番号29番 渡辺美奈代 
1996年元タレントで実業家の男性と結婚。現在もママタレントとして活躍中。
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・会員番号32番 山本スーザン久美子 
おニャン子の同窓会企画やイベントなどの再結成ではほぼ毎回出席している。

・会員番号33番 布川智子 
解散とともに引退。その後大阪府の男性と結婚し、3児の母。2011年5月に活動再開。

・会員番号36番 渡辺満里奈 
解散後も高感度タレントとして顕著な活躍を見せ、2005年ネプチューンの名倉潤と結婚。2児の母。
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・会員番号38番 工藤静香 
解散後、歌手として最も成功したメンバー。2000年、SMAPの木村拓哉と結婚。2児の母。
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・会員番号40番 生稲晃子 
芸能活動の休止・再開を繰り返す中。2003年にCM制作会社プロデューサーと結婚。1児の母。
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